黒田福美さん『それでも私はあきらめない』講演会

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黒田福美さん『それでも私はあきらめない』講演会

黒田福美さんの”それでも私は諦めない”の講演会。

私なら頭にきて諦めたかも、、、

最後の”光復会”という団体によって石碑が撤去されてしまったところで、あの”光復会”については呆れる程である。

そもそも名前やら主張がでたらめであるから。

勿論、主張については韓国の無理な歴史教育も絡んでくるけど、1945年は光復ではない。私も大分後で理解した訳で韓国では光復の意味をまともに理解してる人はごく一部である。

1945年は日本からの解放であって、その後も米軍の統治が続いていた。それが1948年に総選挙を経て8月に韓国の国を樹立すると共に真の光復になった。当時は1948年の国家樹立をもって光復記念を行っていたとの記録があるけど、何で途中でその意味が変わったか解らない。

そのくだらない”光復会”の団体には触れたくない。

多分、多くの人たちは黒田福美さんの夢の話を”馬鹿げた夢(개꿈)だと思っているかも知れない。そう思っても私は異論はないけど、世の中には不思議な現象が起きているのも事実であろう。

韓国でのいくつかの事例の中で、こんな話が放送されていた。

20年も前に放送されてけど。

朝鮮戦争が起きる直前、江原道のある所でAさんと言う女性が結婚した。新婚中に戦争が起きて旦那さんは兵士として参戦することになった。

戦争が終わり旦那さんは戻ってこなく戦死したと思って旦那さんの両親のお勧めで再婚した。

その後歳月が流れこのAさんも歳をとり再婚の相手も亡くなり一人になっていた。その時のある日の夜、夢で元旦那が現れ、自分は今どこにおるからどうが故郷へ戻してほしいと訴えた。

Aさんは不思議な夢だと思いながらも無視した。すると続けて元旦那は夢に現れ繰り返し訴えた。するとAさんもこれ以上無視できないので、元旦那さんの弟に夢の話を伝えて自分は歳なので代わりに探してほしいと頼んだ。しかし、弟はそんな馬鹿げた夢(개꿈)を信じるなんて言いながら相手にしてくれなかった。

しがたなく、Aさんは自分で探すことにして夢で元旦那が教えてくれた地域へ行って聞いて行くうちに、反対側の水原というところで元旦那さんについての証言を聞くことが出来た。

元旦那は戦争中負傷により何人かここに来たので、村の人たちが小屋に隠して食事を与えたけど、その後負傷が酷くなり亡くなったと言う。

Aさんは親戚にその内容を告げ、親戚の人たちがやってきて土を掘ってみたけど骨は出てごなかった。でもその土をもってきて故郷のところでお墓を作ってあげたと言う。

その後Aさんの夢に元旦那さんは現れなかったという。

信じるか信じないかはご自身の判断であろう!

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