第一部:曺壽隆 ~『話せるとこまで話しちゃう日韓Night☆』 2017.10.11@ロフトプラスワンウエスト~

2017/10/11に、大阪難波ロフトプラスワンウエストで日韓クロッシング主催のトークイベント、『話せるとこまで話しちゃう日韓Night☆ ~在日分断のホント・脱北者よもやま話・そして未来へ~』が開催されました。

第一部は、韓国民団某支部支団長/株式会社AsianFilms CEO 曺壽隆(チョウ・スユン)さん。

テーマは「在日韓国朝鮮人社会にある深い溝を語る ~今の危機を乗り越えるために~」。

 

<株式会社AsianFilmsが手がけた映画紹介>

●『クロッシング [DVD]

クロッシング [DVD]

シネカノンの総連系在日、李鳳宇(リ・ボンウ)氏が日本配給の権利を買うふりをして塩漬けにし、日本公開を妨害したいわくつきの映画。

内容紹介

生きるために、別れるしかなかった。知られざる“脱北”の真実を描いた驚愕の大ヒット作!

●物語
2007年、北朝鮮。炭鉱で働く元サッカー選手のキム・ヨンスは、妻のヨンハと11歳になる一人息子・ジュニとともに、貧しいながらも幸せに暮らしていた。しかしある日、妊娠中のヨンハが肺結核で倒れてしまう。医療品が不足する北朝鮮では、風邪薬さえ容易に入手できない。ヨンスは妻の病気を治すため、決死の覚悟で中国との国境を越えた。中国では、脱北者は容赦なく強制送還させられる。それはまさに死を意味していた。薬の費用を稼ぐため材木伐採の仕事に就いたヨンハだったが、不法就労がバレてしまい、公安から追われる身に。彼は薬を手に入れるまでは帰れないと、潜伏生活を続ける。そんななか、北朝鮮の実情を暴露すれば報酬が得られるという話が舞い込んだ。インタビューに応じる決心を固めたヨンス。それが、愛する妻子との永遠の別れになるとも知らずに…。

 

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●『金日成のパレード/北朝鮮・素顔の人々 [DVD]

金日成のパレード/北朝鮮・素顔の人々 [DVD]

ポーランドで製作されたこの映画の公開にあたり、崔洋一監督とライターの梁泰昊氏との論争が、現在も続く在日コリアン知識人との論争の典型的なパターンであると問題視されています。(論争の内容は末尾に掲載)

 

内容紹介

崩壊は、現実か幻想か。
時空を超えて迫る《謎の国》の実像。

巨匠アンジェイ・ワイダ絶賛の「金日成のパレード」と、北朝鮮住民が命懸けで撮影した潜入映像「北朝鮮・素顔の人々」に、特典映像としてあの「モランボン楽団」と「陸海空・北大軍団! 」を本邦初公開!  今の北朝鮮を知るための決定的映像。

内容(「キネマ旬報社」データベースより)

謎に包まれた北朝鮮の実態を撮影したドキュメンタリーのパック。建国40周年パーティーに招かれたスタッフが金日成による独裁国家の実態を記録した『金日成のパレード』と、2000年代中頃の市民の姿を記録した『北朝鮮・素顔の人々』の2本を収録。

内容(「Oricon」データベースより)

巨匠アンジェイ・ワンダ絶賛の「金正日のパレード」と、北朝鮮住民が命懸けで撮影した潜入映像「北朝鮮・素顔の人々」に、特典として「モランボン楽団」と「陸海空・北大軍団!」を本邦初公開!北朝鮮を知るための決定的映像。

 

<崔洋一 X 梁泰昊 論争>
※金日成のパレード パンフレットより

特徴的な内容はこちら。

この論争から何を読むのか

この二人の論争は、今もなお「パレード」のみならず、北朝鮮をめぐる様々な言説、特に「在日コリアン知識人」の言説に見られるパターンをなしている。北朝鮮の独裁体制の人権弾圧と国家犯罪はほぼ明らかとなった。そして、北朝鮮を批判する声は、今や一般日本国民の間でも沸き起こっている。そして、そこには日本の「民族的狭量」「差別主義」としか思えない言動も、当時はなかったインターネット掲示板や街頭での運動にて、比較にならないほど明確に現れるようになってきた。

崔洋一はこの論争で、「パレード」の監督と、そして観客に対し怒りをむき出しにした。崔はそこに、自らの民族と、かつては信じた北朝鮮を、高みから笑い、否定し、時には蔑視する傲慢な視線しか見出せなかったのだ。

現在でも、このような意識と心情は、日本における少数民族としてのアイデンティティを持つ「在日コリアン知識人」には根強く残る。また「良心的」日本人ほど、彼らに同情し、北朝鮮への批判は、差別の助長や一定の政治勢力に利用されかねないとためらう構図もいまだ続いている。

逆に、梁泰昊は、あらゆる政治性や運動論を排し、パレードに駆り出される民衆の姿に悲しみと共感を持つところから言葉を発しようとした。北朝鮮を批判する側に問題があろうとも「その源は朝鮮民主主義人民共和国にあるのであって、あえてそれを引き受けることが、「あるべき姿」なのだ。感覚的な拒否におぼれず、身の内から生まれたものを胸に受け止めて歩むことこそが、自らを慈しむ方途であろう。」という、真の意味で同じ民族としての責任を引き受けた言葉を発することができたのだった。

<以下、論争の全文 『金日成のパレード』パンフレットより>

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